米石油会社ユノカル、人権侵害で裁判に
ロス上級裁がビルマ農民の提訴を受理
画期的決定と人権団体が歓迎

掲載日:2002年6月24日

 多国籍企業が利益追求のために国外で犯した人権侵害を、その企業の母国の裁判所は裁くことができるのかどうか。この問題をめぐって、米国のロサンゼルス上級裁判所が画期的な決定を下した。同国の石油会社ユノカルがビルマの軍事政権との天然ガス・パイプライン建設工事で人権侵害をしたとして、原告のビルマ農民らが同社を相手取って起こした訴訟を受理したのだ。裁判の行方はユノカル社のみならず、日本をふくめた多くの多国籍企業の倫理責任を問う突破口になるものとして、人権団体は9月から開始予定の法廷闘争を注目している。

 【バンコクIPS(マルワーン・マカン−マーカー記者】
 米カリフォルニア州のロサンゼルス上級裁判所は11日、米国の巨大石油企業ユノカル社がビルマ(ミャンマー)の軍事政権と共同でおこなった天然ガス・パイプラインの建設で人権侵害を受けたとして、ビルマの農民らが同社を相手取って起こした訴訟を受理する決定を下した。米国の企業が海外で犯したとされる人権侵害が法廷で争われるのは初めて。人権団体はこの決定を画期的なものと歓迎し、裁判はユノカル社だけではなく他の多国籍企業がビルマのような独裁体制国家でおこなう事業についても人権侵害の責任を問うことを可能にする道を開くものと期待している。

 問題のパイプラインは、ビルマのアンダマン海沖のヤダナ油田で産出される天然ガスをタイに輸出するために、ユノカル社が中心になって約12億ドル(1488億円)をかけて建設したもので、全長は670キロメートルにおよぶ。ビルマ軍事政権はこの大プロジェクトによって外貨を獲得し、経済の再建をめざそうとしていた。

 しかし、パイプライン建設にともないビルマ国内でさまざまな人権侵害が伝えられるようになった。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」によれば、「建設が始まると、軍事政権は周辺地域に大量の軍隊を配備」し、パイプライン沿いの住民らは安全確保の名目で強制移住させられたり、「奴隷労働」を強いられた。命令に従わない住民には有無をいわさぬ拘留、威嚇、拷問、レイプ、即決処刑が待ち受けていた。犠牲者の多くはカレン人などの少数民族だった。

 このため、米国のNGO(非政府組織)「地球の権利インターナショナル」が軍事政権の迫害を受けたビルマ住民らとともに、1996年にユノカル社を人権侵害で提訴した。これに対してユノカル社は、米国の裁判所にビルマで起きた人権侵害を審理する法的権限はなく、また原告は具体的な証拠を持ち合わせていないなどと主張、訴訟を受理させまいとしてさまざまな工作をおこなってきた。ビルマの人権侵害問題に取り組んでいるNGO「ALTSEAN」(Alternative ASEAN Network on Burma、本部・バンコク)のデビー・ストタードは「ユノカル社は裁判阻止のために多額の金、おそらく数百万ドルをつぎ込んできた」といい、両者の攻防を「ダビデとゴリアテ」の闘いにたとえる。

 彼女は「(訴訟受理という)あらたな展開はわれわれの主張の正しさが立証されたもので、精神的な後押しとなる」と評価しながらも、「でも玄関に片足を入れた段階にすぎない」という。アムネスティ・インターナショナル・タイ支部のアレク・バムフォードは「この決定によってビルマにおける人権侵害の実態がさらに多くの人々に明らかされるだろう」と期待する。ビルマの農民たちとの集団訴訟の先頭に立ってきた地球の権利インターナショナルの事務局長、タイラー・ジアニニは「画期的な決定だ。これで原告は、ユノカルが金儲けのためにビルマでおこなった人権侵害に対する代償を面と向かって要求できるだろう。われわれは十分な証拠をもっている」と、9月に開始予定の法廷闘争に自信を深めている。

 今回のロサンゼルス上級裁判所の決定は、ビルマの軍事政権にとっては最悪のときになされたといえる。このところ、ビルマで商売を始めようとする米国企業の数が急減しているからである。たとえば、米商務省によると、アパレル製品の同国から米国へ輸入は1月から3月にかけて35%落ち込んだ。米国企業がビルマとのすべての経済関係を断絶するように呼びかける運動を展開しているロビー団体「自由ビルマ連合」(FBC、本部・ワシントン)は、この落ち込みは「近年の動きが大きく逆転したことを示している」とみる。1997年に米国が人権、民主主義、麻薬問題をめぐり米企業のビルマへの新規投資を禁じて以来、ビルマからのアパレル製品の輸入は年間480%の急上昇をみせ、4億ドルに達した。ところが、今年に入ってこの傾向が様変わりし、「2002年1−3月期のビルマからのアパレル製品の輸入は、前年同期の1億1600万ドルから7500万ドルに減少した」とFBCは今月のプレス・リリースで指摘している。

 FBCはこの変化を、米国企業が「ビルマの残忍な強制労働体制」への認識を深めた結果と分析している。FBCによれば、いくつかの報告から「児童をふくむ強制労働によって多くの工業団地が建設され、そこで主として衣料をふくむ輸出品が製造されている」ことが明らかになっているという。

 ビルマは過去40年間、軍事独裁政権下にあるが、国際労働機関(ILO)も同国のもっとも深刻な問題のひとつとして強制労働を取り上げている。市民が当局からむりやり軍施設の建設やポーター、農作業に駆り出されているといわれ、ILOは2000年11月、軍政による強制労働に改善が見られないとして、加盟国政府や国連機関などに対して、強制労働に荷担するような経済支援の縮小・凍結を求める制裁措置の発動を決定した。

 アジア地域の人権監視団体「フォーラム・アジア」(本部・バンコク)のソムチャイ・ホムラー事務局長は、ユノカル社の裁判によって、ビルマで商売をしているすべての外国企業は自分たちが金儲けのために使っている「汚い手口」について注意を払わざるをえなくなるだろう、という。「これは多国籍企業に対する教訓です。彼らがいつまでも責任をとらずに勝手な真似を続けることは許されなくなるはずだ」

 このことは東南アジア諸国の政府にもあてはまる、とソムチャイは断言する。各国政府は自国の企業にビルマで思い切って事業展開することを奨励しているからだ。「タイ政府も然り。ビルマでの投資のために人権侵害を無視してはならない」と彼はつけ加える。

【メモ】ユノカル社とは

 米国で12番目に大きな石油会社。アジアでの事業経験が豊富で、ビルマのヤダナ油田天然ガスプロジェクトは1996年に、軍事政権とユノカル社、フランスの多国籍企業トータル、日本企業の3社が合意書に調印。パイプラインは98年に完成したが、その前年に起きたタイの通貨・経済危機でタイ側の需要が落ち込み、ビルマが期待した輸出量には及んでいない。パイプライン反対運動はタイでもNGOなどが展開、ビルマ国内の人権侵害とともにタイ側では貴重な動植物の破壊などが批判された。

 同社は中央アジアのトルクメニスタンからアフガニスタンを経由してパキスタンに至る天然ガスの大規模パイプライン敷設計画にも参入した。アフガン内戦中の90年代半ば、パキスタンが新興勢力タリバンを支援したのは、このパイプライン建設のためにアフガンを安定させる狙いがあったためといわれる。米国が当初、タリバンを支援したのも、ユノカル社の受注をめざしたからである。詳しくは、アハメド・ラシド(坂井定雄・伊藤力司訳)『タリバン』(講談社)を参照。